〔悪性〕中皮腫
アクセイチュウヒシュ
【英】〔malignant〕 mesothelioma
同義語:中皮癌mesothelial
cancer, Mesothelkrebs,体腔癌coelomic carcinoma
中皮癌という表現は今日では使われず,悪性中皮腫あるいは単に中皮腫mesotheliomaと呼ばれている.胸腔や腹腔の表面をおおう中皮*
中皮
チュウヒ
【英】mesothelium
【独】Mesothel
【仏】me´sothe´lium
臓器組織の表面をおおう細胞は上皮細胞と呼ばれるが,このような細胞は外胚葉,中胚葉*あるいは内胚葉に由来する.しかし真の意味の上皮は外胚葉および内胚葉由来のものであるとの考えがあり,中胚葉由来の上皮である内皮と中皮は通常は上皮の中には入らない.胸膜,腹膜,心外膜などの外表面を被覆する単純扁平上皮が中皮と呼ばれており,通常の上皮と同様に基底膜を有している.体液の通過が容易な1層の薄い上皮様細胞層である.
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由来と考えられる肉腫で,胚や腹腔内臓器の表面を囲むように,びまん性に発育することが多い.組織学的には上皮型,線維型,混合型の3種に区別され,線維型は特徴がないために診断が困難である.電子顕微鏡的には微絨毛,基底膜および細胞間の接着装置を特徴とする.アスベストが中皮腫発生に関与していることが知られている.
悪性中皮腫
概要
悪性中皮腫は、中皮(胸膜、腹膜、心膜、精巣鞘膜などの臓器を覆う薄い細胞層)の中皮細胞から発生する悪性腫瘍です。主に石綿(アスベスト)の吸引によって引き起こされ、胸膜に発生する「胸膜中皮腫」が最も多くを占めます。
分類
悪性中皮腫は発生部位と組織型によって分類されます。
- 胸膜中皮腫(約80%)
- 腹膜中皮腫(約10~20%)
- 心膜中皮腫(希少)
- 精巣鞘膜中皮腫(極めて稀)
- 組織型
| 組織型 | 特徴 |
|------------|--------------------------------------------------| | 上皮型 | 腺様構造を作りやすく、予後が比較的良好 | | 繊維型 | 紡錘形細胞からなり、高悪性度で予後不良 | | 混合型 | 上皮成分と繊維成分を併せ持ち、予後は組成比に依存 |
原因・発症機序
- 石綿の吸引:中皮細胞に微細繊維が深く入り込み、持続的な炎症や細胞障害を引き起こす。発症までに通常20~40年の潜伏期間がある。
- 発がんメカニズム:慢性的な酸化ストレス、DNA損傷、サイトカインによる増殖刺激などが複合的に作用し、腫瘍化を促進します。
臨床症状
発生部位によって症状は異なります。
- 労作時呼吸困難、胸痛
- 胸水貯留による呼吸苦
- 体重減少、発熱など全身症状
- 腹部膨満感、疼痛
- 食欲低下、体重減少
- 腹水貯留による腹部緊満感
- 心膜では心機能低下による息切れ、胸痛
- 精巣鞘膜では陰嚢腫大、疼痛など(極めて稀)
検査・診断
- 画像診断
- 胸部X線・CT、超音波検査、FDG-PETなどで病変の広がりを評価
- 液体検査
- 胸水・腹水中のヒアルロン酸やメソセリン濃度上昇の評価
- 組織診
- 胸膜生検、腹膜生検による病理学的確定診断
- 免疫組織化学(カルレチニン、カイトンなど)で中皮細胞マーカーを検出
病理分類と予後
治療
- 限局例:胸膜摘除術+肺部分切除、腹膜切除術+HIPEC(温熱化学療法併用)など
- シスプラチン+ペメトレキセドが標準初回療法(奏効率40%程度)
- 臨床試験で抗PD-1抗体などの有効性が報告されつつあり、今後の展開が期待される
予後と疫学
- 日本における中皮腫による死亡者数は1995年の約500人から2016年には約1,550人へと約3倍に増加している。
- 平均生存期間は診断後9~12ヶ月程度であり、早期診断と上皮型・限局型での集学的治療が長期生存の鍵となります。
予防
- 石綿使用の全面禁止と適切な取り扱い管理
- 石綿作業者や関連産業従事者への定期健康診断(胸部画像検査など)
- 住宅やビル解体時の粉じん対策、周辺住民への情報提供
さらに詳しく知りたい場合は、中皮腫患者会や専門施設への相談をおすすめします。
悪性中皮腫の主なリスク要因
以下の要素が悪性中皮腫の発症リスクを高めることが知られています。
1. 石綿(アスベスト)曝露
- 造船、建設、トンネル掘削、耐火断熱工事などで長期間にわたり高濃度の石綿粉じんを吸引
- 工場近隣に居住、家族が作業着を持ち帰ったことによる家庭内曝露
- 石綿の種類とリスク
| 種類 | 特徴 | 悪性中皮腫リスク |
|------------------|----------------------------|-------------------------------|
| クリソタイル | 柔軟で希釈しやすい | 発がん性ありが比較的低い | | アンフィボール系 | クロシドライト、アモサイト | 細くて切れにくく長時間残留し高リスク |
- 潜伏期間
2. その他の鉱物繊維
3. 遺伝的素因
4. 放射線曝露
5. ウイルス感染
- 一部研究で中皮腫細胞内へのウイルスDNA検出例あり
- 臨床的意義はまだ確定的でない
6. 慢性炎症・繊維化
- 胸膜の長期炎症が細胞障害を通じて発がん促進の可能性
7. 喫煙との関係
- 喫煙単独では中皮腫リスクを著しく高めない
- しかし石綿曝露者が喫煙すると肺がんリスクは相乗的に増大
さらにリスク評価や予防策(職場での防護具使用、早期健康診断)についてご関心があればお知らせください。
悪性中皮腫の予防策
一次予防、二次予防、そして作業環境管理や教育啓発といった多層的アプローチが必要です。
1. 一次予防:石綿(アスベスト)曝露の根絶
- 石綿製品の製造・輸入・使用を全面禁止
- 建築物や製品に含まれる石綿の事前調査と表示義務化
- 換気設備の整備、湿式工法の徹底で粉じん飛散を抑制
- 作業区域の区画・陰圧管理
- 高性能防塵マスク(P2/P3相当)の常時着用
- 防護服、手袋、ゴーグルの併用
- 石綿取扱いマニュアルの配布
- 定期的な安全講習と実技訓練
2. 二次予防:曝露者の健康監視と早期発見
- 胸部X線・低線量CTによる画像検査(年1回以上推奨)
- 肺機能検査、血清マーカー(ソラブルメソセリンなど)の研究応用
- 労作時呼吸困難や胸痛が続く場合の速やかな専門医紹介
- 診断から治療へのスムーズなシステム構築
3. 石綿除去・廃棄対策
- 労働安全衛生法に基づく許可・監督の徹底
- 除去後の残存粉じん検査とクリアランス検査
- 密封容器への梱包、指定最終処分場への運搬
- 廃棄物管理台帳の整備
4. 教育・普及啓発
- 建築・解体現場周辺住民へのリスク説明会
- 石綿を含む古い建物の自己点検ガイド配布
- 事業主指導者研修の義務化
- 解体工事や耐震補強時のガイドライン周知
5. 間接的予防策
- WHOやILOのガイドラインを参考にした国内基準の強化
これらの措置を総合的に実施することで、悪性中皮腫の発症を大幅に抑制できます。必要に応じて、最新の法改正情報や現場事例についても深掘りいたしますので、お気軽にお知らせください。
最近の法改正(悪性中皮腫予防に関連する主な改正)
悪性中皮腫予防の要となるアスベスト管理・除去や労働安全衛生に関わる、直近の主な法改正をまとめました。
1. アスベスト除去対策促進法の改正(2023年4月1日施行)
- 建築物等にアスベスト含有建材がないか事前調査する義務
- 除去計画書の作成・届出義務
を義務化。
- 除去作業は登録講習修了者を含む「特定作業従事者」が実施し、
地方公共団体への作業完了報告を求める仕組みに。
2. アスベスト健康被害救済法の改正(2022年4月1日施行)
- 遺族年金や医療費助成対象の拡大
- 被害認定の基準緩和により、石綿関連疾患と認定されやすくする改正
- 救済給付対象者の範囲を、潜伏期間中にアスベストに曝露した元作業者本人と遺族へ明確化
3. 労働安全衛生法の改正(2025年4月1日施行)
- 危険性のある化学物質や粉じん(アスベスト等)を取り扱う事業場に対し、
安全衛生に関する各種手続きを電子申請で行う義務を新設
- 事業者はオンライン上でのリスクアセスメント結果、作業環境測定結果、
作業主任者や特別教育の実施状況を報告・公表し、透明性を確保
4. 建築基準法等の関連改正動向
- 老朽化建築物の解体前調査にアスベスト含有調査を義務付ける省令整備
- 2024年度中に所管省令が公示される予定で、学校・病院など公共性の高い施設はさらに厳格化
これらの改正は、アスベスト曝露を未然に防ぐ「一次予防」と、曝露の疑いがある場合の早期発見・救済につながる「二次予防」を強化するものです。詳細な運用マニュアルやガイドラインが各省から順次公開されていますので、具体的手続きや届出書式については所管官庁のWebサイトをご参照ください。
[1] 2025年4月1日施行予定の労働安全衛生法改正概要:「労働安全衛生関係の手続き 電子申請義務化」 – 労働SEARCH ニュース (更新日:2025.04.28)
アスベスト管理に関する主な関連法令
一次予防・二次予防を補完する形で、以下の法令がアスベスト含有製品や粉じんの管理・除去に関わっています。
法令一覧
各法令のポイント
- すべてのアスベスト除去作業に「事前調査」「湿潤化・密閉」「局所排気装置」「清掃・点検」を義務付け。
- 作業者教育(特別教育)や作業主任者選任も規定。
- 解体・改修工事を行う前に、建築物にアスベスト含有建材がないか調査し報告。
- 建築確認時の書類提出要件にアスベスト調査結果の添付を求める動きあり。
- アスベスト含有廃棄物は「有害産業廃棄物」として厳格に管理。
- 運搬・処分は許可を受けた施設でのみ実施可能。
- 工場・事業場からの粉じん排出監視にアスベスト繊維を含む。
- 排出基準超過時は排出設備の改善命令など行政指導が入る。
これら複数の法令が相互に補完し合うことで、アスベストの製造・使用段階から除去・廃棄まで、ライフサイクル全体で適切な管理が担保されます。具体的な運用ルールや届出書式については、各省庁の最新ガイドラインをご参照ください。
平成17年厚生労働省令第21号「石綿障害予防規則」 — 厚生労働省サイト