癌細胞
ガンサイボウ
【英】cancer
cell
【独】Krebszelle
【仏】cellule
cance´reuse
同義語:悪性腫瘍細胞malignant
tumor cell
癌細胞―ここでは肉腫を含めた悪性腫瘍細胞を意味するが―は宿主の正常細胞が遺伝子レベルにおいて何らかの不可逆的変化を生じた結果,異常の細胞へと変換し,無限の増殖性を有し不死の状態に陥り,宿主を死に至らしめる.癌細胞群が示すこの異常増殖態度は宿主から自律性を獲得した結果である.癌細胞群は同時に増殖に必要な酸素,栄養,構築成分を宿主側から供給を受ける.すなわち血管や間葉系細胞で構成される固有間質である.これは,癌細胞自身がこれらの細胞を誘導する因子を放出しているものと推定されている(例えばtumor angiogenesis factor).癌細胞は種々の増殖因子growth
factorを産生し,同時に増殖因子の受容体receptorをもっている.この両者が互いに作用して自律性の増殖を行う原因とみなす説もある(autocrine theory).形態学的には,癌細胞は多かれ少なかれ異型*atypia
異型
イケイ
【英】atypia, atypism
【独】Atypie
同義語:異型性,アティピア
ある組織や細胞が形態上,正常範囲を逸脱した場合,その組織や細胞は異型あるいは異型性がある,あるいは異型〔性〕を示すという.この場合,異常な形態すべてを含めるのでなく,悪性腫瘍組織ないし悪性腫瘍細胞に近似する方向においての異常な形態をいう.それが正常範囲に近い場合は軽度異型,悪性腫瘍に近いときは高度異型と表現する.異型が強く良性病変か悪性腫瘍かの区別が不能であると良性悪性境界領域病変,あるいは単に境界病変borderline lesionと呼ぶ.なお,わが国では異型を組織構造上の異型と細胞レベルの異型に分けて記載することが少なくなく,前者を構造異型structural atypia,後者を細胞異型cellular atypiaと呼んでいる.また,組織や細胞が損傷を受け壊死に陥った後再生する場合,再生する組織や細胞に異型が出現することがある.かかる異型を再生性異型と呼ぶ.この場合の異型は一過性であり,腫瘍に伴う恒常的な異型と区別する必要がある.
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を示す.これは生化学的には偏倚があるという.偏倚は通常少なくないが,ときに最小偏倚を示す(minimal deviation hepatoma).人体の癌では,例えば甲状腺の癌細胞は異型が最小であり,良性細胞との区別がつきにくい.癌細胞はまた,同時に未熟性を示し,胎生期の形質を発現する場合がある(例えばα‐fetoprotein).未熟化することを脱分化dedifferentiation(→前〔進〕形成)
前〔進〕形成
ゼンシンケイセイ
【英】prosoplasia
【独】Prosoplasie
同義語:進行性の化生progressive
metaplasia
刺激に対する組織の適応現象として,刺激を受けた細胞が本来たどる分化とは別の方向に分化することを化生*という.実際にみられる化生は再生の様式をとり,成熟組織から未熟組織を生じ(脱分化dedifferentiation),これを介して他の組織に変わるもので,これを間接化生indirect metaplasiaという.口唇,口腔,食道,腎盂,尿管,膀胱などの粘膜が表皮様の変化を示したり(類表皮化epidermization),肝硬変などで胆管上皮が肝細胞に変化するなど,以前にそこに存在した組織より高等な組織に変わることを進行性化生,あるいは前〔進〕形成という.逆に皮膚付属器の導管が表皮化するように,より低級な組織に変化することを退行性化生regressive metaplasiaという.
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と表現する場合がある.また,正常にない形質を発現することを異分化disdifferentiationという.例えば胃癌が絨毛上皮腫に変化する場合である.これらのことを腫瘍病理学では従来,退形成*anaplasia
退形成
タイケイセイ
【英】anaplasia
【独】Anaplasie
【仏】anaplasie
細胞が腫瘍化すると,いままでたどった分化を逆の方向に進んで発生学的に胎生期の初期の状態に戻ることを退形成と呼んだ(Hansemann,1890).したがって退形成の程度が軽度であれば良性の腫瘍ということになり,退形成が強ければ悪性の未熟な細胞ということになる.今日ともすると腫瘍細胞*を異型*atypiaという視点のみから解釈されているが,未熟性という視点からの退形成にも注目すべきである.→降形成
降形成
コウケイセイ
【英】kataplasia
【独】Kataplasie
【仏】cataplasie
ベネケBeneke(1901)はハンゼマンHansemannの退形成*anaplasiaの説に対して,降形成を主張した.すなわち,細胞が腫瘍化すると従来の機能を失うとともに,一方,成長のエネルギーを獲得するのであるという.これはハンゼマンが細胞の腫瘍化を胎生期の方向に細胞が未熟化することのみに力点をおいて退形成としたのに対して,他の方向へ下向し他の機能も獲得することを強調して降形成としたのである.今日,腫瘍細胞を異型*の面のみから解釈する傾向があるが,異型性を退形成と降形成に分解して解釈する方法もあろう.
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および降形成*kataplasiaと表現していた.日常の診断では,癌細胞はその形態が示す異型性によって判定され,細胞レベルでの判断力の向上は近年めざましいものがある(例えば臨床細胞診).
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