アクリジン系色素
アクリジンケイシキソ
【英】acridine
colour
【独】Akridinfarbstoff
【仏】colorant
d'acridine
分子内にアクリジン環をもち,助色団として多くのアミノ基を有するジフェニルまたはトリフェニルメタン色素の一つ.アクリジン自身は淡黄色の結晶であるが,これにアミノ基を導入するとキノイド系になりやすく有色の色素群となる.用途は染料と医薬品.染料はアクリジン・イエロー,アクリジン・オレンジであり,木綿,絹,紙および毛などの染色に用いられる.医薬品としては殺菌,消毒に用いられ,代表的な化合物はアクリノールおよびアクリフラビンである.
アクリジン系色素
化学的特性
アクリジンは三環性の芳香族ヘテロ環式化合物で、化学式はC₁₃H₉N、pKₐは5.6。無色の針状結晶で、融点は107 ℃、沸点は346 ℃という物理化学的性質を持つ。
主なアクリジン系色素の種類
アクリジン環にアミノ基や置換基を導入することで、多彩な染色特性と生物学的作用を発現させる。代表的な色素を以下の表にまとめる。
アクリジン系色素の詳細解説
蛍光特性と分子結合状態
- 単量体(モノマー)結合時:DNA二重螺旋にインターカレーションし、励起502 nm/発光526 nmの緑色蛍光を示す。
- 二量体(ダイマー)形成時:スタッキング構造で赤色蛍光(約650 nm)を発現し、高濃度条件や凝集時によく観察される。
- ssDNA/RNA結合時:励起460 nm/発光650 nmの赤色蛍光を示し、一次構造の違いに特異的なシグナルが得られる。
実験プロトコール
- 細胞懸濁液にAO溶液(1 mg/mL水溶液)を添加
- 室温で数分インキュベート
- PBSで洗浄後、488 nmレーザー励起で解析
- メタノール固定した細胞にAO 10 µg/mLを滴下
- 5 分作用後、PBS洗浄
- 488 nm励起レーザーで観察し、核は緑色、RNAや凝集部位は赤色に分別可能
化学的性質と合成
- peaは約5.6であり、弱酸性環境でプロトン化されやすい性質をもつ。
- 代表的合成法:
- Bernthsen法:塩化亜鉛存在下でジフェニルアミンとカルボン酸を加熱縮合させる方法
- POCl₃法:N-フェニルアントラニル酸をPOCl₃で環化し、9-クロロアクリジンを得る方法
スペクトル特性まとめ
トランスレーショナル応用例
- フォトダイナミック療法:光感受性を活かし、特定波長で活性酸素を生成。がん細胞や細菌の選択的殺傷研究が進行中。
- 創傷治療/抗菌:DNA複製阻害を利用した局所抗菌・創傷治癒促進剤として検討。
- がんイメージング:腫瘍微小環境の酸性pHでプロトン化される特性を利用した蛍光プローブの開発。
安全性と廃棄
アクリジン系色素は強い変異原性と皮膚刺激性をもつため、使用時は手袋・保護眼鏡・マスクを着用し、廃液は化学物質安全プロトコルに従って適切に処理してください。
さらに、アクリジン骨格をベースにした多彩な蛍光プローブやDNAサイレージ・治療用シャトル分子の開発が進んでいます。導入置換基を変えることで細胞透過性やスペクトルを最適化し、より高感度・高選択性なバイオイメージングや創薬への応用が期待されます。
アクリジン系色素の主な用途
1. 細胞・分子生物学分野での蛍光標識
- 核酸染色
蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡によるDNA/RNA可視化に用いられる。
- アクリジンオレンジ:生細胞内のDNAを緑、RNAや凝集体を赤で染め分け
- プロフラビン:紫外励起でDNAにインターカレーションし、核構造解析に利用
- 細胞周期解析・生死判定
流式サイトメトリーで細胞を染色し、G₀/G₁からS・G₂/M相への推移やアポトーシス細胞の検出を行う。
2. 微生物検査および抗菌用途
- 創傷洗浄・消毒
アクリフラビンやプロフラビンを含む溶液で,皮膚創傷や手術部位の局所洗浄に使用。
- 尿路感染症や口腔内消毒
局所適用によりGram陽性・陰性菌,酵母などの増殖を抑制
- 臨床微生物スクリーニング
菌体を蛍光標識して迅速検出や定量分析を行うプロトコールに適用
3. フォトダイナミック療法(PDT)
- 光感受性色素として活性酸素を生成
特定波長の光照射でがん細胞や薬剤耐性菌を選択的に殺傷。
- がんイメージング併用
ターゲット部位で蛍光を発する特徴を併用し,治療部位の可視化と照射精度を向上
4. 工業用途
- 染色剤
皮革、羊毛、絹などのテキスタイル製品への着色
- インキ・ペイント
耐光性や発色性を活かした特殊インキへの応用
5. 研究開発・新規プローブ設計
- ナノ粒子修飾プローブ
アクリジン骨格をナノ粒子に結合し,高感度バイオセンシング材料として利用
- 遺伝子治療用分子シャトル
DNAインターカレーション特性を活かし,核内へのドラッグデリバリーキャリアを検討
用途サマリー
他の蛍光染色剤との主な違い
アクリジン系色素(特にアクリジンオレンジ)は、DNAやRNAへの結合モード、スペクトル特性、細胞透過性、生死判定機能などにおいて、DAPI/Hoechst、プロピジウムヨウ化物(PI)、SYBR Green 系などと異なる特徴を示します。
1. スペクトル特性とメタクロマシー
- dsDNA結合時:励起502 nm/発光525 nmの緑色蛍光
- ssDNA/RNA結合時:励起460 nm/発光650 nmの赤色蛍光
- pHや結合相手に応じて二色蛍光を発現するメタクロマシー性を持つ
- UV励起(約358 nm)/青色蛍光(約461 nm)を一色で示す
- スペクトル可変性は小さい
- 励起535 nm/発光617 nmの赤色蛍光
- 死細胞選択的
- 励起約497 nm/発光約520 nmで緑色蛍光
- qPCRやゲル上で高感度にdsDNAを検出
2. DNA結合モードと選択性
- プラス電荷を帯びた平面分子としてDNA二重らせん間にインターカレーション
- 一方、静電気的相互作用によりssDNAやRNAにも結合し、蛍光波長が変化する
- DNAのマイナーグルーブ(ATリッチ領域)に選択的結合
- インターカレーションはあまり起こさない
- インターカレーション結合
- 生細胞膜を通過できず、死細胞のみ染色
- マイナーグルーブ結合
- 主に二本鎖DNAに高い親和性
3. 細胞透過性と生死判定
- 細胞透過性が高く、生細胞・死細胞の両方を同時に染色
- 緑/赤の蛍光強度比で生死判定や細胞周期解析が可能
- 細胞透過性あり
- 生細胞染色が可能だが、光毒性に注意
4. 光安定性・明るさ・毒性

結論
アクリジン系色素は「単一染色で二色蛍光を出し、生細胞・死細胞・DNA/RNAを同時計測できる」非常にユニークな特性をもちます。これに対し、DAPI/HoechstやSYBR Green 系は一色蛍光、高い特異性と明るさを活かした核酸専用染色、PIは死細胞選択的染色に特化しています。それぞれの強みを理解し、実験デザインや機器構成に合わせて最適な蛍光染色剤を選択してください。

今後はアクリジン骨格を活用したスペクトル最適化プローブや標的指向キャリアの研究がさらに進み,バイオイメージング、治療、診断の融合的プラットフォーム構築が期待されます。

生物学的作用機序
多くのアクリジン系色素はDNA二重らせん間に平面分子として挟み込まれ(インターカレーション)、複製や転写を阻害することで変異原性や殺菌作用を示す。
主な応用分野
- 細胞生物学分野
蛍光顕微鏡による核酸染色や細胞周期解析において、アクリジンオレンジが生存細胞と死細胞を異なる蛍光色で識別するために広く利用される。
- 微生物検査・抗菌応用
Gram陽性菌・陰性菌および酵母に対して殺菌作用を有し、創傷洗浄剤や尿路系感染症の局所治療剤として用いられる。
- 工業用途
皮革、羊毛、革製品などの着色に使用され、発色の鮮やかさと耐光性が評価されている。
安全性と注意点
アクリジン系色素はDNAインターカレーションを介して変異原性を示すため、取り扱い時には手袋・保護眼鏡・マスクなどの個人防護具を着用し、廃液は適切な化学物質処理プロトコルに従って廃棄する必要がある。
合成法概略
代表的な合成法としては、ジフェニルアミン類とカルボン酸を硫酸亜鉛存在下で加熱してアクリジン環を形成するBernthsen(ベルンセン)法がある。また、N-フェニルアントラニル酸にPOCl₃を作用させて9-クロロアクリジンを合成する反応も知られている。
さらなる展開
- アクリジン骨格を基盤とした蛍光プローブやナノ粒子修飾色素の開発
- 部分的な置換基導入によるスペクトル特性や細胞透過性の最適化
- 抗腫瘍剤や遺伝子治療用分子シャトルへの応用検討
これらの分野では、アクリジン系色素の平面構造と電子的性質を活かした新規医薬品・バイオプローブ開発が進んでいます。